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鹿児島青年会議所の先輩により復興された壱番神輿

祇園祭(おぎおんさあ)において、一番の華となっているものが、神輿です。
実は、京都の祇園祭のハイライトは今も昔も山鉾巡行ですが、残念ながら鹿児島は、沖縄や東北、北海道地域と同様、山鉾のない祇園祭となっているという特徴があります。その山鉾の代わりにメインとなっているものが神輿であり、祇園祭(おぎおんさあ)になくてはならないものとして定着しています。

その中で、私たち鹿児島青年会議所が深く関与している壱番神輿は、その昔中町近辺の沖仲仕などが担いでいたものを、自衛隊員や消防局員などが替わって担いでいましたが、1トンという巨体ゆえに、その負担は大きく、ついに13年間は岩崎産業の倉庫(現在は、「太平洋ビール館」)に眠っていたという時期がありました。重たくて、誰も近寄らなかったそうです。

しかし、昭和59年に故春田陽三先輩にけしかけられた鹿児島青年会議所の先輩たちが鹿児島の元気なまちづくりの象徴としたい、として一致団結して心一つに締込(褌)姿で壱番神輿を担いだとのことです。
今でもその時の興奮が忘れられず、生涯の思い出となっているとのシニアの先輩たちの熱い思いが私たちには寄せられました。壱番神輿の復活で、「鹿児島のまちが、大きく燃えた」と先輩たちは思い出を語ってくださいました。
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